健康

健康―神様の賜物

いのちの泉はあなたのもとにあり」(詩篇36:9) web-img_1000「愛する者よ。あなたのたましいがいつも恵まれていると同じく、あなたがすべてのことに恵まれ、またすこやかであるようにと、わたしは祈っている。」(ヨハネ第三2) これが、わたしたち一人ひとりに対する神様のみ思いです。 親が子の健康を願う以上に、神様はわたしたちが健康で幸福であることを、切に望んでおられます。 病気の人を見るとそのまま立ち去ることはおできにならず、村中の人が癒されるまで働かれたお方は、 今もわたしたちの痛み、苦しみを、ご自分もそのまま感じられるお方です。 そして、とくに病気で苦しんでおられる方にぜひ知っていただきたいことはー 「わたしは主であって、あなたをいやすものである」(出エジプト記15:26)。 「病気、苦しみ、そして死は敵対する力の働きである。サタンは破壊者であり、神は回復者であられる。」(Ministry of Healing113) ということです。 しかし、そうと知らずに、病気にかかると「神様のみ旨(運命)」だと思い込み、 神様に癒していただく特権があるときに、その思い込んだ”運命”にしたがって生涯を終えてしまう方があまりに多いのです。 癒してあげたいと待っておられる時に、「この病気は神様のみ旨だから」と言うのを、 神様はどのような思いでご覧になっておられることでしょう! 「彼らのすべての悩みのとき、主も悩まれて」(イザヤ63:9) 「主はあなたのすべての不義をゆるし、あなたのすべての病をいやし」(詩篇103:3) 「いのちの泉はあなたのもとにあり」(詩篇36:9) これをぜひ、わたしたちは知る必要があります!

神様のご計画ー永遠の命と幸福ー

 

初めから 「はじめに神は天と地とを創造された。・・・神はまた言われた、『われわれのかたちに、われわれにかたどって人を造り、これに海の魚と、空の鳥と、家畜と、地のすべての獣と、地のすべての這うものとを治めさせよう』。神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された。神は彼らを祝福して言われた、『生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ。また海の魚と、空の鳥と、地に動くすべての生き物とを治めよ』。・・・ 神が造ったすべての物を見られたところ、それは、はなはだ良かった。」(創世記1章) 終わりまで 「わたしはまた、新しい天と新しい地とを見た。・・・御座から大きな声が叫ぶのを聞いた、『見よ、神の幕屋が人と共にあり、神が人と共に住み、人は神の民となり、神自ら人と共にいまして、人の目から涙を全くぬぐいとって下さる。もはや、死もなく、悲しみも、叫びも、痛みもない。先のものが、すでに過ぎ去ったからである』。すると、御座にいますかたが言われた、『見よ、わたしはすべてのものを新たにする』。」(黙示録21章) 「そこに住む者のうちには、『わたしは病気だ』と言う者はなく(イザヤ33:24) 「聖書に書いてあるとおり、『目がまだ見ず、耳がまだ聞かず、人の心に思い浮びもしなかったことを、神は、ご自分を愛する者たちのために備えられた』のである。」(コリント第一2:9) 美しく命のあふれる天地で、神様に愛され、神様を愛して、永遠に生きることー このお方のご計画は変わりません!

病気は結果である

では、なぜ人は死に、また病気になるのでしょうか? ある人が体調が悪くて、病院に行きました。そこで検査をしたら、血糖値がとても高いことがわかったのです。では、体調が悪かった原因は何でしょうか? 「血糖値が高いこと」これが原因だと思って、多くの病院では血糖値を下げる薬を処方します。糖尿病撲滅のために、血糖値コントロールを施策として決定したところ、さてその10年後、糖尿病はどうなったでしょうか?減るどころかますます増えていました。 なぜでしょうか?なぜなら、原因を見誤ったからです。血糖値が高いことは病気の原因ではなく、「結果」です。なぜ血糖値があがってしまったのか、その原因をつきとめて取り除き、その一方、健康な血液が循環できる状態にしないかぎり、病気が治ることはありません。 では、病気が結果だとすると、その原因は何でしょうか?

病気の原因

「善悪を知る木からは取って食べてはならない。それを取って食べると、きっと死ぬであろう」。(創世記2:17) 人に命が与えられたとき、いつか死ぬように命が与えられたのではありませんでした。「それを取って食べ」なければ、死ぬことはなかったのです。 「女が・・・その実を取って食べ、また共にいた夫にも与えたので、彼も食べた。・・・(神は言われた)、『あなたが・・・食べるなと、わたしが命じた木から取って食べたので、・・・あなたは顔に汗してパンを食べ、ついに土に帰る、あなたは土から取られたのだから。あなたは、ちりだから、ちりに帰る』。」(創世記3章) 「罪の支払う報酬は死である。」(ローマ6:23) 他でもありません、これが死の原因です。 しかし、人は死ななければならなくなってからも、病気になるように神様が定められたのではありませんでした。 「(主は・・・)言われた、『あなたが、もしあなたの神、主の声に良く聞き従い、その目「 (主は・・・)言われた、『あなたが、もしあなたの神、主の声に良く聞き従い、その目に正しいと見られることを行い、その戒めに耳を傾け、すべての定めを守るならば、わたしは、かつてエジプトびとに下した病を一つもあなたに下さないであろう。わたしは主であって、あなたをいやすものである』。」(出エジプト記15:26) イエス様がこの地上に来られたとき、多くの人々の病気を治してくださいました。そのとき、彼らが二度と病気に苦しむことがないようになんと仰せになったでしょうか。 「イエスは宮でその人に出会ったので、彼に言われた、『ごらん、あなたはよくなった。もう罪を犯してはいけない。何かもっと悪いことが、あなたの身に起るかも知れないから』。」(ヨハネ5:14) 「〔ヨハネ5:14引用〕。こうしてこのお方は、彼らが神の律法を犯したために自らの身に病をもたらしたこと、また健康は従順によってのみ保たれるのだということをお教えになった。」(Ministry of Healing113)

健康の法則

では、神様が知らせてくださった健康の法則とは何でしょうか? それを知るために、神様のはじめのご計画を見てみましょう。

神のご臨在

神は「光あれ」と言われた。すると光があった。創世記1:3 そしてこの命は人の光であった。ヨハネ1:3 イエスは、また人々に語ってこう言われた、「わたしは世の光である。」ヨハネ8:12

新鮮な空気ときれいな水

神はおおぞらを造って、おおぞらの下の水とおおぞらの上の水とを分けられた。神はそのおおぞらを天と名づけられた。創世記1:7、8

 正しい食事ー菜食

神はまた言われた、「わたしは全地のおもてにある種をもつすべての草と、種のある実を結ぶすべての木とをあなたがたに与える。これはあなたがたの食物となるであろう。創世記1:29    

 日光 規則正しい生活

神は二つの大きな光を造り、大きい光に昼をつかさどらせ、小さい光に夜をつかさどらせ、また星を造られた。 神はこれらを天のおおぞらに置いて地を照らさせ、 創世記1:16、17

 真の休息

神はその第七日を祝福して、これを聖別された。神がこの日に、 そのすべての創造のわざを終って休まれたからである。 創世記2:3  

 労働(運動)

主なる神は人を連れて行ってエデンの園に置き、これを耕させ、これを守らせられた。 創世記2:15

 清潔

陣営は聖なる所として保たなければならない。主があなたのうちにきたない物のあるのを見て、離れ去られることのないためである。申命記23:14 肉体の健康にとっても精神の健康にとっても厳重な清潔が絶対に必要である。Ministry of Healing276

 神のかたち

神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された。 1:27 よい行いは、それをする人とその親切を受ける者を共に益する二重の祝福である。正しいことをしたという意識は病める心身に最もよい薬であって、義務をよく果したという観念と他人を喜ばせた満足感によって心が自由かつ幸福であるとき、心をうれしくし、ひきたてるその力は全身に新しい生命をもたらすものである。Ministry of Healing257

真の治療法

病気の原因が、主の言われたことに聞き従わないこと、であれば、治療法はその反対です。 「(主は・・・)言われた、『あなたが、もしあなたの神、主の声に良く聞き従い、その目「 (主は・・・)言われた、『あなたが、もしあなたの神、主の声に良く聞き従い、その目に正しいと見られることを行い、その戒めに耳を傾け、すべての定めを守るならば、わたしは、かつてエジプトびとに下した病を一つもあなたに下さないであろう。わたしは主であって、あなたをいやすものである』。」(出エジプト記15:26) 「このお方が知らせてくださった法則…すなわち身体的また霊的幸福に関わる法則に注意を払おう。従順という条件に基づいて、このお方は…『主はまたすべての病をあなたから取り去』ると保証された(申命記7:15)。『あなたがたはわたしが、きょう、あなたがたに命じるこのすべての言葉を心におさめ』、『それは、これを得る者の命であり、またその全身を健やかにするからである』(申命記32:46; 箴言4:22)。」(Ministry of Healing114)

「新鮮な空気、日光、節制、休息、運動、適切な食事、水の使用、神の力に頼ること、これが真の療法である。・・・自然治療を用いるには、多くの人が払いたがらない相当な注意と努力を要する。癒し、築き上げる自然の工程は緩やかで、短気な人には遅く見える。有害な放縦を放棄するには犠牲が求められる。しかし、自然は制限されなければ、ついに賢明に上手にその働きをなし遂げるのがわかる。自然の法則に辛抱強く従順な者は、体の健康と精神の健康という報いを刈り取るのである。(Ministry of Healing127) 真の治療法は、病気の時には回復へ、健康の時にはさらに健康へと至らせます。

病気の時に

食事療法

不節制な食事はよく病気の原因となる。すべて身体が最も必要としていることは身体の上に課せられた余分な重荷を除去することである。多くの場合、過労した消化器官に休息する機会を与えるため、食事を一、二回抜くことが病人にとって最上の療法となる。頭脳を使う人は数日間果実食をとるのがよい場合が多い。毎期間の絶食後、単純な食物を適度に食すると自然の回復力によって快方に向かうことがよくある。一、二カ月、節制した食事をとるならば、自制の道は健康への道であることに多くの病人は気づくであろう。

 

水の使用

清水は人間や動物がのどのかわきをいやすため神がお備えになった飲み物で、これを十分に飲むならば身体の必要を満たし、病気に抵抗する自然の力を助ける。また外部的に水を使用することは、血液循環を調節する、最も容易でかつ効果的な一方法である。冷水浴はすぐれた強壮療法であり、温浴は毛穴を開いて不純物の排泄を助ける。また温浴も微温湯浴も神経を緩和し、血液の循環を平均にする。

運動の効果

不活動は病気の有力な原因である。運動は血液の循環を促進し、平均にするが、休止はそれを妨げ、生命や健康に重要な血液中の変化を抑制し、皮膚の働きをも鈍くする。活発な運動によって血液循環が盛んになり、皮膚が健康で肺には清い新鮮な空気が十分供給されているときのようには不純物が排泄されなくなる。組織がこうした状態になるとき排泄器官は二重の重荷を負い、その結果病気になるのである。 病人に動かぬことを奨励してはならない。どの部分でもひどく過労させた場合、しばらく絶対安静にすることは大きな病気を予防することになるが、慢性疾患の場合には、すべての動作をやめる必要はめったにない。…… 精神労働者はひどい精神過労の結果しばしば病気になるが、それは少しも肉体運動をしないためである。……適切な運動を伴った厳格な節制生活を実行するならば、精神肉体ともに活気を増し、あらゆる精神労働者に耐久力を与えることになる。…… 病人が注意をひくものを何も持たないで、時間をすごすならば、自分の事に考えを集中し、かつ病的となり、神経がいらだってくる。多くの場合、気分の悪いことばかりを考え、ついに実際よりも自分の症状をずっと悪く思い込み、自分では全く何もできないような気になってしまう。 こうした場合にはすべてよく指導の行きとどいた肉体運動が効果的な治療となり、ある場合には健康回復のためなくてはならないものとなる。手を働かすときには意志がそれに伴うが、こうした病人にとって必要なのはこの意志の覚醒である。意志が眠ってしまうと想像力が異常となり、病気に抵抗できなくなる。…… 不活動はたいていの病人にとって一番大きな害になる。有用な軽度の労働は身心を過労させず、かえって病者によい影響を及ぼし、筋肉を強め、循環をよくし、この多忙な社会にあって、自分が全く不必要な人間ではないとい不活動はたいていの病人にとって一番大きな害になる。有用な軽度の労働は身心を過労させず、かえって病者によい影響を及ぼし、筋肉を強め、循環をよくする。……Ministry of Healing234-240

「彼はわれわれの病を負い」

「まことに彼はわれわれの病を負い、われわれの悲しみをになった。」(イザヤ53:4) 「イエスはペテロの家にはいって行かれ、そのしゅうとめが熱病で、床についているのをごらんになった。そこで、その手にさわられると、熱が引いた。そして女は起きあがってイエスをもてなした。夕暮になると、人々は悪霊につかれた者を大ぜい、みもとに連れてきたので、イエスはみ言葉をもって霊どもを追い出し、病人をことごとくおいやしになった。これは、預言者イザヤによって『彼は、わたしたちのわずらいを身に受け、わたしたちの病を負うた』と言われた言葉が成就するためである。」(マタイ8:14~17) イエス様はわたしたちの病を負ってくださいました。 癒してくださるのは、イエス様の大権であり、 癒されるのは、わたしたちの特権です!

「なおりたいのか」

「イエスはその人が横になっているのを見、また長い間わずらっていたのを知って、その人に『なおりたいのか』と言われた。」(ヨハネ5:6) 「父がわたしに与えて下さる者は皆、わたしに来るであろう。そして、わたしに来る者を決して拒みはしない。」(ヨハネ6:37) 「キリストに助けを求めにきた多くの人々は自分で病気を招いた人々であったが、このお方は彼らを癒すことを拒まれなかった。」(Ministry of Healing73) 罪の原因が何であっても、それを悔いて、新しい命を生きたいと願う人をこのお方は決して拒まれません! 「すると、そのとき、ひとりのらい病人がイエスのところにきて、ひれ伏して言った、『主よ、みこころでしたら、きよめていただけるのですが」。イエスは手を伸ばして、彼にさわり、『そうしてあげよう、きよくなれ』と言われた。すると、らい病は直ちにきよめられた。」(マタイ8:2,3) 「神はそのひとり子を賜わったほどにこの世を愛してくださった。それは御子を信じる者が一人も滅びないで永遠の命受けるためである。」(ヨハネ3:16)